エイズ語
エイズ語には、深い意味があります。
「そしてエイズは蔓延した(草思社)」を、数年ぶりに読み返していると、皆さんに、「エイズ語」という耳慣れない言葉がある。エイズ語とは、
「公衆衛生の官僚と心配性のゲイ政治家と急増していた「エイズ活動家」が作り出した新しい言語である」(下巻10P)
この本は、アメリカで1991年に発行されたものの翻訳本であるが、「エイズ語」というのは、実に興味深い。患者を犠牲者と呼んではいけないということで、「HIVとともに生きる人」(People Living with HIV=PWH)という言葉ができた。
「プロキスキュアス(乱交傾向の人)」ではなく、「セクシュアリィ・アクディブ」(性的に活発な人)であったり、エイズ語で最もよく使われている婉曲表現は、「体液」だそうだ。つまり、精液という扱いにくいものを避けた結果だという。
つまり、日常生活用語や医学用語には、「HIV」について否定的な意味を含む場合が多いということであろう。
私が、日記等で使用している言葉の多くも、実は、エイズ語ということになる。
「HIV感染者」は、感染源を連想させ、被害者、加害者の関係を作りやすいために「HIV陽性者」という。
「HIVに汚染された針」は、「HIVの付着した針」ということか。針は、汚染されたら使い捨てればいいが、陽性者は、ずっと汚染された存在ということではない。
「撲滅」も同様だ。「ウイルスの根絶」が、日本語としてはピッタリだけれど、それをも、「ともに生きる」と意訳するのが、エイズ語だ。
つまり、
「ストップエイズ」 = 「エイズとともに生きる」
となるのである。
私は、来年も出版を予定しているが、このエイズ用語についてもリストアップしてみたい。「ともに生きること」に反するような意味あいのある言葉を使わないためにも、そんな試みが必要だと思う。
「撲滅」という言葉について、石田吉明(薬害エイズ訴訟大阪原告団第2代団長)さんが、著書「エイズを生きる(解放出版社)」の中で、
「HIVを撲滅すると思って報道しているようだが、とんでもない。HIVは、人間の中にいるのだから、人間を撲滅することになる。撲滅と言われると、撲殺されるようで、われわれは震え上がる。マスコミだけではなくて、厚生省も医療関係者を含めて、不用意に使われている。患者の立場に立って、ともに生きる社会を考えていない。そして、「撲滅」も人間に刷り込まれる。
と書かれている。
そもそも、
「撲滅」は、1992年10月に、「エイズ撲滅に向けて国民運動を展開するため、総合的なエイズ対策を集中的に推進する」ことを目的に、当時の厚生省が「エイズストップ作戦本部」を立ち上げたこと
に始まる。
つまり、現在に至るまで、一端広がってしまった表現は、使い続けられてしまうのである。だからこそ、厚労省は、せめて世界エイズデーを前にして、エイズの予防啓発の中では、「撲滅」を使用しないということを、改めて自戒を込めて都道府県等に周知徹底すべきではないかと思う。また、メディアにも、日本記者クラブを通じて啓発すべきだ。
エイズ語は、単なる言葉ではなく、そのもの自体が、HIVと向かい合った世界の人々の厳しい活動の歴史なのである。単なる言葉狩りではなく、歴史を知って過ちを繰り返すことなく、啓発することは本当に大事だと思う。
「HIVとともに生きる」という看板を上げながら、「エイズ語」についての学びのない活動は、本来、「ともに生きる」ことのできない活動だということなのだ。だからこそ、学生さんの活動と言えども、この学びが先ず必要なのだ。
世界エイズデーを前にして、感染経路などを覚える前に、しっかりエイズの基本(歴史)を学ぶ必要がある。厳しい言い方をすれば、それなくして、予防啓発はありえない。特に公衆衛生に関わる人たちは、しっかり自覚する必要があると思う。エイズによって奪われた多くの尊い命の重さを感じて欲しい。
そこには、「感染経路を覚えること」よりも、もっと大事な深い意味がある。
「公衆衛生の官僚と心配性のゲイ政治家と急増していた「エイズ活動家」が作り出した新しい言語である」(下巻10P)
この本は、アメリカで1991年に発行されたものの翻訳本であるが、「エイズ語」というのは、実に興味深い。患者を犠牲者と呼んではいけないということで、「HIVとともに生きる人」(People Living with HIV=PWH)という言葉ができた。
「プロキスキュアス(乱交傾向の人)」ではなく、「セクシュアリィ・アクディブ」(性的に活発な人)であったり、エイズ語で最もよく使われている婉曲表現は、「体液」だそうだ。つまり、精液という扱いにくいものを避けた結果だという。
つまり、日常生活用語や医学用語には、「HIV」について否定的な意味を含む場合が多いということであろう。
私が、日記等で使用している言葉の多くも、実は、エイズ語ということになる。
「HIV感染者」は、感染源を連想させ、被害者、加害者の関係を作りやすいために「HIV陽性者」という。
「HIVに汚染された針」は、「HIVの付着した針」ということか。針は、汚染されたら使い捨てればいいが、陽性者は、ずっと汚染された存在ということではない。
「撲滅」も同様だ。「ウイルスの根絶」が、日本語としてはピッタリだけれど、それをも、「ともに生きる」と意訳するのが、エイズ語だ。
つまり、
「ストップエイズ」 = 「エイズとともに生きる」
となるのである。
私は、来年も出版を予定しているが、このエイズ用語についてもリストアップしてみたい。「ともに生きること」に反するような意味あいのある言葉を使わないためにも、そんな試みが必要だと思う。
「撲滅」という言葉について、石田吉明(薬害エイズ訴訟大阪原告団第2代団長)さんが、著書「エイズを生きる(解放出版社)」の中で、
「HIVを撲滅すると思って報道しているようだが、とんでもない。HIVは、人間の中にいるのだから、人間を撲滅することになる。撲滅と言われると、撲殺されるようで、われわれは震え上がる。マスコミだけではなくて、厚生省も医療関係者を含めて、不用意に使われている。患者の立場に立って、ともに生きる社会を考えていない。そして、「撲滅」も人間に刷り込まれる。
と書かれている。
そもそも、
「撲滅」は、1992年10月に、「エイズ撲滅に向けて国民運動を展開するため、総合的なエイズ対策を集中的に推進する」ことを目的に、当時の厚生省が「エイズストップ作戦本部」を立ち上げたこと
に始まる。
つまり、現在に至るまで、一端広がってしまった表現は、使い続けられてしまうのである。だからこそ、厚労省は、せめて世界エイズデーを前にして、エイズの予防啓発の中では、「撲滅」を使用しないということを、改めて自戒を込めて都道府県等に周知徹底すべきではないかと思う。また、メディアにも、日本記者クラブを通じて啓発すべきだ。
エイズ語は、単なる言葉ではなく、そのもの自体が、HIVと向かい合った世界の人々の厳しい活動の歴史なのである。単なる言葉狩りではなく、歴史を知って過ちを繰り返すことなく、啓発することは本当に大事だと思う。
「HIVとともに生きる」という看板を上げながら、「エイズ語」についての学びのない活動は、本来、「ともに生きる」ことのできない活動だということなのだ。だからこそ、学生さんの活動と言えども、この学びが先ず必要なのだ。
世界エイズデーを前にして、感染経路などを覚える前に、しっかりエイズの基本(歴史)を学ぶ必要がある。厳しい言い方をすれば、それなくして、予防啓発はありえない。特に公衆衛生に関わる人たちは、しっかり自覚する必要があると思う。エイズによって奪われた多くの尊い命の重さを感じて欲しい。
そこには、「感染経路を覚えること」よりも、もっと大事な深い意味がある。
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